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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)897号 判決

控訴人

稲葉力造

外一名

代理人

斎藤義夫

被控訴人

村木喜助

代理人

金子文吉

外一名

主文

原判決中控訴人らの各敗訴部分を取り消す。

被控訴人は控訴人稲葉力造に対し別紙第一目録記載の土地につき昭和二四年一月二四日交換を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

被控訴人の控訴人キングペイント株式会社に対する請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、控訴人稲葉力造の被控訴人に対する請求について

本判決添付の別紙第二目録記載の各土地(以下本件従前の土地と称する)が昭和二四年一月二四日当時被控訴人の所有に属したこと、右各土地につき控訴人稲葉主張のとおり変更登記がなされた上、区画整理により別紙第一目録(原判決添付第一目録と同じ)記載の土地(本件土地)に換地され、昭和三三年一二月二五日その旨の登記を経由したことは、いずれも当事者間に争いがない。

控訴人稲葉は先ず本件従前の土地の所有権を交換契約により取得した旨主張するので判断するに、〈証拠〉を総合すると、次の諸事実を認めることができる。

(一)  控訴人稲葉の先代は被控訴人の先代から本件従前の土地を含む農地約三二七二平方メートル(約三反三畝)を賃借して耕作していたが、昭和六年被控訴人が家督相続をした後は、引続き被控訴人から右土地を賃借していた。

(二)  本件従前の土地に対し昭和一七年頃青戸町第三土地区画整理組合により換地予定地が指定されたが、同土地はその後戦時中高射砲陣地用地として使用され、終戦後も非農地のまま放置されていたため、農地買収を免れ、昭和二四年一月当時は雑草が繁り、一部地上にバラックが建てられていた。

(三)  訴外山田岩次郎は被控訴人に対し昭和二三年暮頃本件従前の土地を買い受けたいと申し込んだが、被控訴人はこれを拒絶し、控訴人稲葉になら譲つてもよいと答えた。同訴外人から右の話を聞き及んだ同控訴人は、昭和二四年一月二四日被控訴人を訪れて同土地の売買を申し込んだところ、被控訴人は白米との交換を希望したので、交渉の結果同日右当事者間に被控訴人所有の本件従前の土地と同控訴人所有の白米三俵とを交換する旨の契約が成立し、被控訴人は即時同控訴人に対し同土地を口頭で引渡した。

(四)  控訴人稲葉は当時農業を営み、米四俵の供出割当を受けていたが、供出後もなお相当の余剰米を保有していたので、以後毎月一回白米一斗(約一八リットル)宛をボストンバック等に入れて被控訴人方に運搬し、昭和二四年一二月頃三俵分の白米の引渡を了した。

(五)  控訴人稲葉は昭和二四年三月二〇日控訴会社(当時の商号は株式会社下千葉化学工業所)に対し本件従前の土地は交換により自己の所有に帰したものである旨を説明して同土地の換地予定地を地代一年金一四四〇円(一坪当り一ケ月金八〇銭)、賃貸期間二〇年の約旨で賃貸した。

(六)  被控訴人は昭和二六年一二月頃控訴人稲葉方を訪れ、同控訴人に対し本件従前の土地は同控訴人の所有に帰したものであるから、その固定資産税を同控訴人において支払うよう要求したので、同控訴人は昭和二七年一月七日東京都葛飾税務事務所に赴き、同土地の昭和二五年度分および同二六年度分の滞納固定資産税を被控訴人名義で納付した(なお、同控訴人は東京都葛飾区役所発行被控訴人宛の昭和二四年度分地租の督促状および同年度分地租附加税の催告状を所持しているので、右土地の昭和二四年度分地租も同控訴人が支払ったものと推定される)。また、被控訴人は昭和二七年頃その妻を通じて控訴会社役員から本件従前の土地を控訴人稲葉に譲渡したことの確認を求められたが返答をせず放置し、昭和三一年には控訴人稲葉の求めに応じて同土地の地目変更手続の書類および控訴会社の建築確認申請書にそれぞれ妻に命じて押印させたが、昭和二七年度以降の本件従前の土地の固定資産税は被控訴人が納付し、自分に支払わせてほしいとの控訴人稲葉の申出に対しては少額だからいらないと答えてとり合わず、また同控訴人の数次にわたる要求にもかかわらず、同土地の所有権移転登記手続を放置していたが、前記換地処分の終了後昭和三五年三月に至り、突然控訴会社に対し本件土地の明渡しを求めるに至つた。

〈証拠判断省略〉

右に認定したところによれば、他に特約の認められない本件においては、本件従前の土地の所有権は昭和二四年一月二四日交換契約の成立により被控訴人から控訴人稲葉に移転したものというべきである。もつとも当時施行中の食糧管理法第二条、第九条、食糧管理法施行令第六条、第八条、食糧管理法施行規則第二一条、第二三条等の規定によれば、主要食糧の適正な流通を確保する目的のもとに、米の私人間における譲渡は原則として禁止されていたから、白米を他の物件と交換する契約中白米の譲渡に関する部分は、強行法規に反することがらを目的とするものであつて無効である(同規則第二二条は、米の生産者は管理米を法定の者に売渡した後でなければ、その生産した米を譲渡することができない旨を規定しているが、右規定は、これを前記同規則第二一条と対比するときは、米の生産者は管理米を供出した後はいわゆる余剰米を何人に対しても自由に譲渡しうることを認めたものではなく、生産者は供出を完遂した後でなければ他の法定の譲渡方法による譲渡をなしえないことを定めたものであると解すべきである)。しかし、右のように法律行為の一部が無効であるときには、直ちに全部を無効とすべきではなく、当事者の合法的な法律効果の発生を意図している限りは、無効な部分を合理的な解釈により補充し、その結果が当事者の目的に添うと認めうるときは、右補充した限度において有効な法律行為として扱うべきである。これを本件についてみると、前記交換契約の当事者は本件従前の土地を譲渡するにあたり、その対価として金銭の代りに白米を選択したのであつて、白米との交換以外の方法によつては同土地の譲渡が成立しなかつたであろうと認めるべき特別の事情を認めるに足る証拠はないから、右当事者間において少なくとも同土地の所有権移転の合意は他の相当な反対給付の提供によつても成立したと認められ、したがつて被控訴人の控訴人稲葉に対する同土地の譲渡は有効であると解すべきである。

被控訴人は、前記地目の変更は控訴人両名が通謀し偽造文書を用いてなしたものである旨主張するが、その理由のないことは前記認定したところにより明らかである。

してみると、本件従前の土地につき被控訴人との間に昭和二四年一月二四日成立した交換契約の履行として、被控訴人に対し本件土地の所有権移転登記手続を求める控訴人稲葉の主位的請求は理由があるから、これを認容すべきである。《以下省略》

(桑原正憲 大和勇美 浜秀和)

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